木版画工房アルプ

光と風の山岳風景

日本人にとって木版画とは

山岳雑誌「岳人」3月号に私が書いた「日本人にとって木版画」とはというタイトルで記事が掲載されました。

版画の技術・歴史についても触れていますので、ぜひ、ご覧ください。

「登山時報」の表紙を飾ります

「登山時報」の2017年1月号より、表紙に作品を提供させて頂くことになりました。

2017年1月号には、北アルプス唐松岳の八方尾根の風景を描いた「浅春の不帰ノ瞼」という作品を使って頂きました。
同号には,私のインタビュー記事も掲載されております。
よろしければ、ご一読ください。

1枚のヒマラヤの絵

日本山岳画協会の創立80周年を記念する画文集に掲載した随筆を多くの人にも見て頂きたく掲載します。


一枚のヒマラヤの絵

その時、私はゴム長靴と薄汚れたTシャツ姿だった。八百屋の配達小僧だった私。

まだ銀座の路地裏には昔ながらの商店もあって表通りには都電も走っていた。

自転車に山ほどの野菜を積んで早朝から料理屋への配達が仕事だった。

45年前のこと。絵が好きだった私は配達帰りに画廊を覗いていくのが楽しみだった。

それは数寄屋橋の交差点そばの古いレンガビルの日動画廊1階にあった。

大きな重い玄関ドアを入ると。裸婦像、風景画、抽象画、小さな絵から大きな絵まで所狭しと油絵が展示してあった。

突然だった。

私の目に紺碧の空、白銀の高峰が飛び込んできた。視線が釘づけになってしまった。

身動きができない。呼吸が苦しいほどだ。ただ呆然と立ちすくんでいた。その場を離れられなかった。

そこには「朝のコングデヒマール、足立真一郎」と小さな名札が添えられていた。

これが足立真一郎先生との出会いだった。

忘れもしない、昭和45年、24歳の夏。大学受験に失敗し、八百屋の小僧として下働きの日々に、ふと立ち寄った画廊で見てしまった1枚の絵が私の人生を大きく変えてしまった。

当時、私は町の小さな山岳会に入っていた。日曜だけが休みの職場で、夜行日帰りの山行を繰り返していたころだった。谷川岳が死の山だとニュースになる中、毎週のように一ノ倉沢に通っていた。

その時(足立真一郎)の絵が私を鷲掴みにし、揺さぶって離さなくなった。

海外の山へ。

もう抑えきれなかった。行きたい。何としても行きたい。

その絵の中の銀嶺の高峰に出会いたい。ヒマラヤへ。

そんな時、所属する山岳会で遭難事故を起してしまった。私がリーダーだった。それからどれほど多くの人に頭をさげ続けたことだろうか。事後処理に追われる日々に夢を忘れてしまっていた。山からも遠ざかっていった。

しかし、身辺整理もひと段落したころ、(ヒマラヤ)が頭をもたげて来た。

行きたい。

行こう。

もう迷わなかった。

それからが大きな壁だった。

世間から、親から、ヒマラヤへ死にに行くのかと猛烈に反対された。

集まった仲間も1人去り2人去りと減っていった。それでも私はひたすら遠征隊の準備に打ち込んだ。今振り返ってみてもあれほど純粋にひたむきだった時期はなかったと思う。

目標とした山は地図の空白部で、組織も情報もなく、すべてゼロから組み立てねばならなかった。

職場を辞めた。貯金をすべてはたいた。親の反対には耳も貸さなかった。

26歳の夏、インドへ旅立った。しかし登頂はできなかった。

日本を出発する時全てを捨て行った。

そして帰国する時、全てを失ってきたと思った。

でも気が付いた。それらを上回る大きな体験をしてきたことに。

登る体力に衰えが見え始めた頃、山でスケッチすることを覚えた。

偶然、木版画の摺り師さんに出会い本格的に技法を学ぶ機会を得た。

やがて 家庭を持ち、小さな飲食店を興し、そして家族が増え、友人が増え、多くの出会いがあって自分がいる。

今はそれらの人達に感謝、感謝で生きている。

木版画に没頭できる時間に、家族に、友人達に感謝して生きている。

版画を始めて40年、あと何年、版木を彫ることができるだろうか。

今、彫っている版木は10年前に買って寝かせておいたもの。そして10年後に彫るために新しい版木を買ってくる。

常に新しいモチーフが去来する。

思い返すと、足立真一郎先生の絵に出会っていなければ今と違う生き方をしていたと思う。

ふと思う。

あの時、私を捉えて離さなかった、足立先生の絵は今どこにあるのだろうかと。

あの絵にもう一度会いたい。

日本山岳画協会 創立80周年記念画文集 が出来ました

私が所属する日本山岳画協会の創立80周年を記念する画文集が出来ました。

日本山岳画協会 創立80周年記念画文集

エベレスト街道を行く
水温む尾瀬
マッターホルン秋日

の3作品に合わせて、私の山登り、そして、山岳版画の原点となる思いについて綴っております。

この画文集にご興味がありましたら、お問い合わせください。

板院展で新人賞を頂きました

先日、東京都美術館で開催された日本板画院(Nippon Hangain)の第65回板院展に初めて応募してみました。

その結果

新人賞

を受賞しました。

いままで私は中央の画壇とは縁を持たず、ただ自分のすきなモチーフだけを木版画で表現、発表してきましたが、ここ数年制作点数も増え、作品サイズも大きくなり、ちょっと外に踏み出てみよ うかなと思い立ち、応募してみました。

なんと、新人賞!「68歳にして新人」です。

受賞式に出席したら回りの方々がお互いに先生、先生と呼び合っていたので疲れましたが、多くの先生方に挨拶させていただきました。

「天女像」を彫る・摺る体験会@日本橋三越はじまりのカフェ

3月31日から4月14日まで、日本橋三越本店7階 はじまりのカフェで作品を展示しています。

IMG_1853

本日、4月5日は、「天女像」を彫る・摺る体験会を実施しました。

IMG_1849

6名の方々に参加して頂き、彫りと摺りを体験して頂きました。

IMG_1863

体験会は、4月12日にも開催しますので、ご興味がありましたら、はじまりのカフェまでお問い合わせください。

はじまりのカフェ
http://hajimarinocafe.jp/
TEL: 03-3274-8843

山の版画展@モンベル東京京橋店サロン

本日、2013年07月27日から2013年08月11日までモンベル東京京橋店のサロンにて、個展を行っております。

IMG_1505

本日は、おかげさまで多くの方々に来て頂きました。

IMG_1506

個展の期間中、今週は彫りの実演、来週は摺りの実演を予定しております。

IMG_1513

よろしければ、足を運んで頂ければと思います。

2013年07月27日 ~ 2013年08月11日
モンベル東京京橋店2Fサロン
〒104-0031 東京都中央区京橋3-1-1 東京スクエアガーデン
03-6214-1861

NEC presents ザ・フリントストーンに出演しました

先日、紹介させて頂いたようにBay FMのNEC presents ザ・フリントストーンに出演しました。

その際に放送された内容は、ここでご覧頂けます。
http://www.bayfm.co.jp/flint/f20130511.html

NEC プレゼンツ ザ・フリントストーン

先日、自然や環境をテーマに92年からbayfmで放送されている番組

NECプレゼンツ ザ・フリントストーン
毎週土曜日 午後6時〜午後7時

の取材を受けました。

DJの長澤ゆきさんが工房まで来てくれてました。

私の山と版画の世界観について話した内容は、2013年5月11日放送予定です。

木版画作品の制作過程 その7 摺り

続いて、摺りの工程です。

これが私の摺の作業場です。
摺る和紙は湿らせておくのですが、版台の奥に乾かないようにビニールをかぶせてあります。
そして、和紙を摺っては、左手の台に重ねていきます。

摺り(作業場)

絵の具は「水干絵の具」です。
水に溶いてブラシで版木に広げていきます。この時に少量の大和のりを加えます。
紙の乾きを嫌って、冬でも暖房を入れません。はじめは寒くてもだんだん体が温まってきます。

摺り(絵の具)

和紙を版木に重ねて、バレンで円を描くようにこすっていきます。
このとき、すべりをよくするために竹皮に極少量の椿油を塗っておきます。
和紙は福井の生摺奉書紙を使います。たいへん丈夫な紙です。

摺り

それでは、摺ったものをお見せします。
右側が第1版、左側が第2版を摺り重ねたものです。

摺り(第1版・第2版)

左側が第2版まで摺ったもの、右側が第3版を摺り重ねたものです。

摺り(第3版)

こうして次々に合計39色を摺り重ねていきます。
同じ版木を使って、ぼかし摺り等を重ねて摺ったりもします。

その結果、8版39色摺りの作品が完成します。

沈みゆく富士・観音岳より