木版画工房アルプ

光と風の山岳風景

二人でたどった最後の山

山岳雑誌『岳人』の2017年10月号にエッセイを掲載させて頂きました。


二人でたどった最後の山

杉山 修

今ほもう遠い夢のようだ。たった6年前なのに。
谷川岳の紅葉はみごとだよ、と家内を誘う。その頃2ヶ月に1階のペースで日帰り登山を楽しんでいた。一ノ倉沢の秋の美しさはいつも期待を裏切らない。60代半ばの私たちは山麓からではなく、天神尾根からの往復を選んだ。
歩くと少々バランスが悪くなり、ストックが欠かせない年齢になっていた。
快晴だった。秋の盛りでさすがに登山者も多い。小学生が賑やかに私たちを追い越して行く。迷うことのない整備された登山道に導かれて、山頂直下の肩ノ小屋に着く。そのまま頂上まで10分ほどなのに、家内が小屋のなかで休みたいといった。心地良い秋の風が少し湿ったシャツを薫らす。その後トマノ耳に立ったがすぐに下山したいと言いだした。それでも私はなにも疑わなかった。下山をはじめて樹林帯に入るといよいよ逆光の中の紅葉が輝いてうつくしかった。
帰宅後家内は、あんなに苦しかった山登りは始めてだと何度も言った。それがなにを意味していたのか、2人とも考えが及ばなかった。
その半年後、東日本大震災が起きた。家内は外出先の大田区から台東区まで、6時間もかけて歩いて帰って来た。疲れきっていた。今思えばその事がきっかけで病巣が破けて腹水がたまり始めたのかもしれない。しばらくして、私この1週間で体重が5キロ増えたの、あした医者にいってくるわ、と言った。
その瞬間私は尋常でない胸騒ぎにかられた。抑えきれないほど動揺した。
結果は最悪だった。卵巣癌ご診断され、あと数ヶ月と言われた。そして薬石効なく、たった6ヶ月で連れて行かれてしまった。瞬く間だった。
振り返ると谷川岳を登っていた時すでに病を背負っていたのだ。2人で随分たくさんの山を登ってきた。紅葉の尾根筋を、きれいだね、と言っていた彼女はいま上越の空を舞っているのだろうとおもう。6年がたち、ついこの間のようであり、遠い夢を見たようにもおもえるのです。

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